いわなみ家の話
第35話
「あなたには嫌われたくない」
草ボーボーの庭の草刈りをしながら夫が泣いていました。
「どうしたの、なんかあった?」
「取材先の人を怒らせてしまった・・」
今にも消え入りそうな声。
「ママはいいよねー、誰にも怒られなくて」と、小学生の娘たちはよく言います。
大人になったら怒られることは少なくはなるけど、その分、ショックは大きい。
あんたのこと信頼してたのに何をしてくれるんだ・・今回の夫の件も、どうやらその類いのようです。
大人の涙は、失った信頼への、悔しさそのもの。
大人のみなさん、最近、悔しくて涙したことありましたか?
- フォトジャーナリストと取材相手
- パン屋店主とお客様
比べる土台は違えども、わたしにも、信頼を失いそうになった出来事があります。
スマートフォンに届いた、常連さんからのメッセージ。
「いつもおいしくいただいています。お伝えするの迷ったんですが、先日のお届けパンに髪の毛が入っていました」。
この方、開業当初からのいわなみ家ファンで、「そろそろ(パンのストックがなくなって)禁断症状です」「いつまででも食べていられるパンです」など、これまでに胸が熱くなる言葉をたくさんいただいてきました。
そんなお客様の信頼を一瞬で。
作業中に入った私の髪の毛1本で。
飲食業者として、あってはならないことが起きてしまった。
手にしたスマートフォンの画面が、動揺で震えました。
すぐさまメッセージに心からのお詫びを送信。「既読」なるまで、鼓動が治まりません。
「入力中・・」にすこし安堵してさらに返信を待つこと1,2分。
「どんなに気を付けても起こることがあります。わたしも菓子作りをする者として重々承知です。これからもファンとして気持ち良く買い物したい・・そんな勝手な思いで、モヤモヤしたままにせず、お知らせすることにしたんです」
今度はスマートフォンの画面がぼやけます。
取り返しのつかないことをしてしまったけど、思い付く限りのお詫びはしたいと思い、翌日にはシュトーレンを送りました。
雪が溶けた春、ご家族で縁側の店頭販売にいらしてくれたことは、映像になって私の頭の中に残っています。
夫よ。相手は、「あんたとこれからも付き合いたいんだよ」と思って怒ったんでしょう。
時間を置かず、菓子折り持って、謝っておいで。何度でも。