「彼とベイカーズ・ハイ」

いわなみ家の話

第23話

「彼とベイカーズ・ハイ」

 

ランナーズ・ハイ、クライマーズ・ハイ。

長距離ランナーや登山家が、極限の体力や恐怖心に達したところで、それらを忘れてしまうくらいのハイ(酩酊)状態になり、何をしても辛くなくやり遂げることができることだそうです。

朝のジョギングも続かず、目前の磐梯山は眺めるだけの私が、そんなハイ状態になることがある?!んです。

 

いわなみ家パン屋の始業は午前1時。

「菅田将暉のオールナイトニッポン、この番組は東京千代田区のニッポン放送をキーステーションに全国ネットでお送りします。今夜も、このあと深夜3時までお付き合いください」

チャラッチャ、チャッチャララ チャッチャラ~♪

お馴染みのあの曲で、パン焼きのスイッチが入ります。

【1時10分】ベーグル58個分、カンパーニュ4玉、ショコラオランジュ20個分の生地を冷蔵庫から取り出し、発酵器に移して温める。重さにすると全部で15キロほど。

【1時15分】前日夜、仮眠前に焼いておいた山食が完全に冷えているのを確認し、ハーフサイズに切って袋詰め。

今日もリスナーの容赦ない菅田さんへのツッコミに腹を抱えます。

リ「おい!菅田!」

菅「は、はいっ(恐縮)」

実際には菅田さんが1人2役でメールを読み上げているんですが、こんなリスナーとパーソナリティーのやりとり聞いたことありませんよね。

人を傷つけない低姿勢さも彼の魅力だと思います。

 

【1時30分】発酵器の生地に手を当てて、ほどよい弾力を感じたら、一気にベーグルを分割。

ラジオのトークに笑う暇はあっても手を休める猶予はなし。発酵は待ってくれません。

ここは、「無」の境地で片づけます。

カンパーニュの生地も、すき間時間で分割して丸めておきます。

 

【1時50分】ラジオがCMに入ったタイミングでトイレへ走る。

手を洗ったら、ついでに冷蔵庫からチーズとマロングラッセと残りの生地をピックアップしてパン工房に戻る。

「この忙しいのに手ぶらで帰ってくんなよ~」

が、パン屋修行時代の先輩の口ぐせでした。

持ち場を動くなら、帰りに何か材料取ってこいってことです。まだ身に付いてますよー、先輩!

【1時55分】この前頂いた、とっておきのチョコとコーヒーの休憩にしたいところだけど、ショコラオランジュの生地を20個に分割。

続いてさっきのベーグル生地に具材を入れて棒状にしていきます。56本ノック。

【2時30分】チョコとコー、、が目の前にあるのに、56本終える頃には1本目がいい感じに緩んで、リング状に成型するタイミングとなりました。

これとほぼ同時に、ショコラオランジュとカンパーニュが「あたしらも成型してよー」と訴えてきます。

この辺りが、わたしのベーカーズ・ハイ、酩酊開始となります。

大量の生地に急かされれば急かされるほど、楽しくなってやれる気がしてくる。ハイになっちゃいます。

【2時58分】「そろそろお別れのお時間です。ここまでのお相手は菅田将暉でした。ほな!」

♪チャラ~ン♪

 

午前3時を過ぎて彼が帰ってしまっても大丈夫、寂しくないのです。なぜならベーカーズ・ハイだから(笑)

このあと子供たちが起きてくるまでの3時間、大小120個のパンを焼きながらハイ状態は続きます。

オーブンは2台しかないので、発酵が一気にやってこないようにコントロールする必要があります。

それがパン焼き人冥利に尽きる作業で、難しくも楽しい。

ベイカーズ・ハイに導かれるには・・

  1. 自分の今の能力より、ちょっとだけ上のタスクを課す
  2. 音楽や彼など、伴走者をつける(自分の目と手は自由に動かせる状態)。YouTube動画とかはダメよダメダメ。目が奪われ、手が止まります

では!今夜も彼とハイになって参ります~