「しーちゃんの手」

いわなみ家の話

第123話

「しーちゃんの手」

ファンの間では「しーちゃん」と呼ばれている、ある有名な歌手をインスタグラムでフォローしています。

若い頃は猫のアイドルグループに属していたしーちゃんは、タレ目とワンレン(わかります?)が特徴で、テレビの歌番組で見ない日はなかったなぁ。

でも私がファンになったのはしーちゃんが母になって、トップモデルと音楽家のスーパー姉妹を育てあげてから。

しーちゃんのインスタグラムは地味!キュウリの漬け物の動画、とり手羽の煮物、庭いじり、愛犬とのたわむれ。天然酵母パンもたまに挑戦しているみたいだけど、これまた地味な出来上がり。

先日は焼き芋で「黒糖蒸しパン」を作っていて、不恰好ながら愛情たっぷり。

新曲のレコーディングやディナーショーでご活躍の一方で、「ちょ、待てよ!」と言いたくなる程の、家庭的なギャップ。これがしーちゃんの魅力。

ところがです。

楽しみにしていた次の投稿でしーちゃんは

「ごめんねなさい~」「確かに、手が汚いですね~!」と冒頭から謝っているのです。「焼き芋蒸しパン」の投稿に心ないコメントがあったと容易に想像できました。

働く母の手をそう表現するアンタの心はどんだけ汚れとるんじゃ…。

以下は毎週欠かさず聞いている「福山雅治 福のラジオ」、今週のオープニング曲「道標」より

わたしはその手が好きです

ただ毎日をまっすぐ生きて

わたしたちを育て旅立たせてくれた

あなたのその手が好きです

 

不肖・古民家パン屋聡子の手は10本中4本がシモヤケで真っ赤に膨れております。手のシミ、シワ、シモヤケ上等、これ勲章!

 

 

 

 

 

「パンペルデュからの卒業」

いわなみ家の話

第122話

「パンペルデュからの卒業」

今でも、パン作りでつまずくと、10年以上前のノートを見返します。

パン学校時代のルーズリーフより。

  • ペトリサージュ(まぜ、こね)
  • バシナージュ(加水)
  • ポワンタージュ(一次発酵)
  • ディビザージュ(分割)
  • ファソナージュ(成形)
  • アプレ(二次発酵)
  • キュイソン(焼成)

まだ覚えているもんだ…!(将来、フランスのパン屋さんで働くのが夢。パン用語だけは覚えておこう)

フランス人シェフはたまに日本語をしゃべるのに、授業中はオールフランス語。もちろん隣に通訳さんをつけて行われました。

授業は週2回、午前9時から午後4時まで。毎回、3種類のパンを教わるのですが、バゲットは毎回必ずカリキュラムに組み込まれていました。

長さ60センチ超のバゲット4本×週2。家の冷凍庫は常にパンパンで、バゲットをもらってくれる友人探しに忙しかったほどです。

余剰バゲットに困っていることをシェフに伝えると「パンペルデュ」を教えてくれました。年月は経ち、レシピは我が家流ですが。

【アパレイユ(卵液)】

全卵1個、牛乳(あれば生クリーム。うちにはない)100ml、砂糖大さじ3まぜまぜ

【作り方、食べ方】

3センチ厚さに輪切りにしたバゲットの両面にアパレイユを浸し、一晩おく。フライパンにバターをとかし、美味しそうな焦げ目がつくように焼いてできあがり。お好みでメイプルシロップやシナモンパウダーをかけても。

そうです、フレンチトーストと同じものですが、食パンよりフランスパンで作るほうが断然おいしいのでお試しあれ!

10年経ってもバゲットがうまく焼けない母は、失敗する度にパンペルデュにしてごまかしてきました。子供たちには好評?で、

「あの、フランスパンの失敗のやつ、また作って!」

と催促されますが、心中フクザツ、汗。

【パンペルデュ pain perdu 】ペルデュはフランス語perdre(失う)の活用形で、失われたパン、つまり固くなったり(わたしが失敗したり)して価値のないパンってことなのです。

母ちゃんはパンペルデュのためにバゲットを焼いてるんちゃうんや~!

そろそろパンペルデュからの卒業です。最近、バタール(バゲットより短いフランスパン)が焼けるようになりました。お店にも並びます。

 

 

 

 

 

 

「魔法は寝て待て」

いわなみ家の話

第121話

「魔法は寝て待て」

姉妹を育てて10余年、つくづく、「おなじじゃなくていいんだなぁ」と思います。

たとえば習い事。たとえば服やランドセルの色。たとえば夏休みの作文指導。

姉にはマンツーマンで指導してきましたが、2歳下の妹には1度もアドバイスらしきことをしたことがありません。タイトルも内容も、母は知らないままで提出されてしまいます。

そんな妹が、3年生の冬休みに自主的に小説を書いていました。原稿用紙8枚の大作で、なんと伏線回収までばっちりという!(この子が小説家になったらこの原稿は価値でるわ…親バカ)

小説家ではなく、女刑事になるのが将来の夢という彼女の秘密のノートには

【こう殺、し殺、ぼく殺、ふしぜん死、ルミノール反応】などと、かなり物騒なメモが記してあるほどの、コナンおたく!

処女作はサスペンスではなく「たから島のぼうけん」だったのでほっとしましたが(笑)

コナンの他にも、とにかく本が好きで、どこから仕入れてきたのか不明ですがクイズ形式で雑学を教えてくれます。

①鳴かぬなら殺してしまえホトトギスはノブナガでしょ~。鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギスはヒデヨシ。鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギスはイエヤス。では「鳴かぬならそれもまたよしホトトギス」は誰でしょう?

答えは松下幸之助さんだそうです。彼女と幸之助さんに脱帽。

 

②果報は寝て待て、じゃなくて、寝て待つのは?

これはダジャレで、「魔法は寝て待て」だそうです。

貴女を見てるとそう感じるよ!母ちゃん寝てる間に、ぐんぐん育って魔法にかかったみたい

 

 

 

 

「会津のフランス化」

いわなみ家の話

第120話

「会津のフランス化」

東京でパティシエ(ール)をしていた女性が、会津に戻って、旦那さんが経営する居酒屋で洋菓子店を開いたという。

赤ちょうちんに木枠の引き戸。THE居酒屋!という佇まいに、余計に心躍らせて入店。日本酒や梅酒のボトルが並ぶ店内を、お客さんがぐるりときれいな円の列を作って待っている。その先のショーケースには、ズラリと並んだケーキ。和栗のモンブランタルト、プリンアラモード、メロンシャンティ、ムラングシャンティ。

ここ、ほんとに会津ですか?東京ですか、(行ったことないけど)パリですか?

シャンティとは、泡立てた生クリームのこと。菓子学校で修行していた別の友人は、すっかりフランスにかぶれてしまって、ホイップクリームを「クレーム・シャンティイ」、カスタードクリームを「クレーム・パティシエール」と言っていたなぁ、と遠い昔を思い出し、長い列に私も加わりました。

ちょっとこの辺ではお目にかかれないレベルの洋菓子にすっかり興奮し、家族用に買った紅玉のアップルパイを車内で食べてしまいました。

後日、店主に伺うと、「このレベルのケーキが会津で買えるとは…」と、お客様からお褒めの言葉をいただいたことがあるそうです。

実はわたしも何度かあります。「この田舎で買えるとは!」と。ハイ、確かにここは田舎です(笑)フランスには行ったことがないので大変恐縮ですが、開業当時からフランス語の名前のパンを売っています。

「パン・ド・カンパーニュ(田舎パン)」

この田舎にぴったりのパンは、1年目も2年目も、売れ残り第1位のパンでした。

「このパンしかないの?…残念。でも、せっかくだからいただくわ」のパンでした。

毎週焼きました。毎週残りました。

でも3年目ころから、真っ先にカンパーニュを掴みとるお客様が現れました。そして、カンパーニュから先に完売する日も!

フランス暮らしの経験がある友だちいわく、「ついに来たね~、会津のフランス化!」

今日は明日の営業に向けて、ご注文カンパーニュ12玉焼いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通勤3分」

いわなみ家の話

第119話

「通勤3分」

わたしは自宅兼店舗の個人事業主なので、通勤時間はゼロ。

ところが最近、月に2度ほど「通勤3分」を楽しんでいます。

新しい仕事場のパン教室会場は、町役場内の調理室。

家を出発して最初の田んぼを左折、次の田んぼを右折したら、前方に雪化粧した磐梯山を眺め、霧の中を絶景3分ドライブ。

会社員時代は、激混みで有名な東急東横線の都立大駅から渋谷でメトロに乗り換え、40分もかけて大手町まで通勤していました。駅員に押し込まれて、電車の中で見えるのは人様の後頭部だけ。どうにも気持ちが悪くなって途中下車したことも何度かありました。苦痛でしかないあの40分はもう二度と経験したくない…。

今日も今日とてパン教室。3分の通勤時間で気分爽快にしたところで、8名の生徒さんを迎えてレッスンをスタートです。

まずは講師の自己紹介から。

「ここから車で3分のところでパン屋をやっていますイワナミです」。自分でもこの「3分」が気に入っているので、自己紹介のキーワードにしています。

パン教室ではベーグルを各自4つ焼き、さらに生地をこねて自宅に持ち帰ってもらうことにしています。焼きたてのベーグルを頬張り、レッスンも終盤です。生徒さん、私、アシスタントのマリコさん、みな和気あいあいの仲になってきました。

「はいはーい、それじゃあ最後にお持ち帰り用の生地をこねます。集合してくださーい!」。

1人分の生地を、手ごねを実演してみせたあとは、「機械ごねのやり方もお見せしますね。一気に6人分の生地をこねられます。」。

自宅から抱えてきた大型パンこね機を前に、自信満々のイワナミ先生。「こね機の羽がグルングルンとまわって生地ができるわけです」。と、この直後、青ざめます。

「アレがない…」

すり鉢状のパンこね機の中央にあるべき「羽」がない…。羽がなくて何がこねられる?!

時計は13時20分過ぎ。

「やってしまいました…。羽、家に忘れてきました!13時半には戻ります。マリコさん、あとよろしくお願いしますっ」

田んぼをぶっ飛ばして片道3分、食洗機の中に転がっていた羽をつかみ取り、戻る田んぼ道3分。往復6分で絶景なんて視界に入りませんでした。

ゼーゼー肩で息しながら無事?調理室に戻ることができました。温かく迎えてくれた生徒さんとマリコさん、こんなセンセーをこれからもよろしく(大反省)。

忘れ物しがちなワタシには通勤3分しか考えられません