いわなみ家の話
第三話
「退職金のゆくえ」
2010年秋、於・本社人事部
九年前、ミレニアム入社の私たちを大歓迎してくれた人事部のフレンドリーおじさんも、さすがに表情が暗い。
人事部「ざーんねんだなー、江口くん。結婚したんだっけ?仕方ないかー?」
私「はぁ(結婚が退職理由じゃないですけど!)」
人事部「ま、座って」
私「失礼します」
人事部「これが勤続年数と退職金のグラフ。えーっと、江口くんは勤続9年だから、、」
私「・・・」
人事部「85万円くらいかな」
私「・・・」
社内の雑談で、60歳定年間際のおじさまたちが満額2000万円強だとか話していたことは、この際、聞かなかったことにしよう。
85万円あれば、あの学校に行ける!
会社を退職してすぐ入学したのは「ル・コルドンブルー」。
フランスの名門料理学校の東京・代官山校(現在は閉鎖)です。
パン作りを趣味で終わらせたくないという意地が、高額な授業料を払う勇気になりました。実のところ85万円では足りなかったのですが(笑)
大人になってからの学びは、真剣さが違います。31歳、鼻息荒くして学生になりました。
「習ったことは全部、体に染み込ませ、首席で卒業してやるっ。」
芸能人も訪れるおしゃれタウン代官山に通うも、服や靴など見向きもせず、ひたすら1年半、目の色を変えてパンを学びました。
水を得た魚、いや、バターを得たパンのように、我ながらイキイキと。
当初の目標を達成して、修了式ではゴールドのメダルをシェフから授与されました。
最近、当時のクラスメートとお茶する機会がありました。
「なつかしいねぇ。あのとき、スピーチの壇上で聡子くん、40歳までにパン屋になります!って宣言してたよね~」