いわなみ家の話
第97話
「あのころの感染 」
小学校の卒業式を控えた去年の2月、まず最初にHくんの伯父さんが感染した。働いている介護施設でクラスターが発生したと聞いた。
娘たちの登校班の班長だったHくんはそれ以降、学校を長期間欠席し、ついには卒業式に出席することも叶わなかった。
続いて、同居するおじいちゃんも感染し、入院先で亡くなってしまった。
このあたりの部落では、通夜の前に、「顔見せ」というしきたりがある。近所の者たちが集まって故人宅を訪ねる。
コロナ禍で、Hくんのおじいちゃん宅への「顔見せ」はもちろん無かった。
早くにお父さんを亡くしている、Hくんの寂しさは想像を絶する。
あのころ私は、Hくん家で起きていることを「触れてはいけない話題」のように扱っていた。近所の人らの雰囲気もそうだった。心からお詫びしたい。
あの人んちも、この人んちも、アタシんちもコロナを経験している昨今。
「やだー、うちもなったよー。てっとりばやく家族全員かかっちゃいたかったけど、下の子だけ4日後でさぁ、長引いたわー」
「まじでー?うちは先月。(抗体できて)この先3ヶ月コロナかからないってホントかねぇ」
昨日スーパーで買い物中に聞きもれたママ同士の会話は、フツーの音量(大きすぎるくらい!)。
感染したことをひた隠しにしなければならなかったであろうあの頃とは、全く違う温度差。
中学生になって制服も板についてきたHくん、部活に忙しいらしく、日焼けしてすっかりイケメンになった。
通学路の田んぼのわきでHくんを見かけるたびに、近所のおばちゃん(アタシ)、春からずっと話しかけてきました。
「部活?」「テスト期間中?」「おかえり~」。
やっと声が聞けたのは最近のこと。
「今日は部活ないんで、早帰りで…」
返事うれしかった!
春になったら、またパン屋に来てね。君は迷わず「黒ごまチーズベーグル」一択だったよね