いわなみ家の話
第82話
「3年目の初体験」
Q. パン作りのこだわりは?
A. 膨らませることを第一に考えています。
Q. 山食のアピールポイントは?
A. 薄くて香ばしい皮(クラスト)と、しっとり艶のある内層(クラム)。
とか言ってたけど……。
パン屋開業3年目、山食だけが膨らまないスランプに陥りました。
あんなに自信満々に答えていたアタシ…穴があったら入りたい。
自家製天然酵母をはじめて20年、人様からお金をいただきパンを生業にして8年、パン屋を開業して3年。初めてのことです。
経験・知識・失敗・勘
これまでに身につけたものを総動員して原因を探りましたが何をやっても膨らみません。
粉を変える、砂糖を増やす、発酵温度を変える、成形を変える、焼き時間を変える…変化なし。膨らまない酸っぱいパン量産。
万策尽き、「また1から作り直そう」と思ったとき、
「1じゃなくて0からじゃね?」と天の声が。
3年以上かけ継ぎ、絶やさず大事に育ててきた自家製天然酵母種。その白いスライム状の物体を前に、「原因はアンタだな」と、ピンときました。
「酵母種を積極的に捨てる」というのは、3年目の初体験です。
私は週に3度、酵母種を継いでいますが、1回の粉の量は1・8キロ。パン教室を主宰していたころ(1回約200g)とは、総量が格段に多いのです。
その量を3年間キープしていたために、酵母種の菌が酸性の飽和状態になっていたのだと確信しました。
3年目にして、自家製酵母種は「秘伝のタレ」とは違うものだと学習しました。古けりゃいいってもんじゃない。
長期間かけ継いだ天然酵母種は、目には見えませんが、中に多種類の菌が共存し、それが複雑な風味や深みをパンに与えるのも確か。
どっしりとしたハード系のパンには向いています。
一方、やわ肌で軽さ重視の山食には、よりフレッシュな酵母種が向いています。
- 長期間かけ継いだ酵母種=渋さが増す中高年
- 作りたての酵母種=元気はつらつ20代
のイメージです。
山食は特に、成形も複雑で型にも入れるので、ほかのパンよりも2次発酵に時間を要します。長時間発酵させると酸味が出てきますが、スタミナがある20代のパワーならば、酸味が出る前に発酵を完了させることができます。
ほんとはね、こんなカッコわるいこと、書かないほうがパン屋店主としてはスマートでしょうけど、元パン教室講師だったこともあり、「パンの壁にぶつかった人のヒントになりたい」という気持ちがいつもあります。
長くてマニアックな「いわなみ家のコツ」でしたが、いつかあなたの役に立ちますように。