「パンが嫌いになる前に」

いわなみ家の話

第45話

「パンが嫌いになる前に」

 

「41歳実務経験0で、パン屋に転職しました。不器用な私は、先輩からの感情的な言葉に、日々、心が折れそうです。将来的にはいわなみさんみたいにパン1本でやっていきたいのですが、専門学校に通ったほうがいいのでしょうか」。

先日、お客さまから相談メッセージをいただきました。

以下は私なりの回答です。

ちょうど10年前の今頃、私(当時33歳)もパン屋にいて、先輩たちのピリピリした雰囲気の中で働いていました。

先輩たちは、レコールバンタンやツジチョウ(辻調理師専門学校)を卒業後、いくつものパン屋を渡り歩いている面々。

まず、スピードが違います。

私や相談者さんのように、「パン作りが好きなだけの女の人」が現場に入ったら、先輩たちに「遅っ!トロいな~!」と思われることは必至でしょう。

当たり前です。250グラムの小麦粉を丁寧に捏ねて、5個のプチパンを焼き上げるのとは訳が違います。

パン工房のことを「戦場」と言う、徒弟制度が大好きな先輩も、確かにいました。

それでも、です。

多少、先輩に苛つかれても、お金をもらいながら技術を身に付け、勉強できることはラッキーなことです。

製菓学校に100万円以上払うお金も時間も、正直なところ40代にはもったいないと私は思います。

論理的に疑問が出てきたら本やネットで調べ、現場(パン屋)で体を動かしながら、「なるほどこういうことか!」と再確認して自分のものにするのです。

 

ところで、私が修行先のパン屋をやめたのは「このままではパンが嫌いになる」と思ったからでした。

私の場合は長時間労働が気力と体力を奪ったからでしたが、相談者さんも、あまりに先輩たちの対応が理不尽なら次のパン屋に移りましょう。

多少スピードが遅くても、作業の正確さや、掃除に対する姿勢を評価してくれるパン職人がたくさんいます。

 

先日現役を引退した松坂大輔選手も41歳。同世代の彼が、引退会見で素直な言葉を述べているのが印象的でした。

「今日という日が来てほしかったような来てほしくなかったような思いがある。野球が好きだっていう気持ちが消えないように戦っていた。好きなまま終われてよかった」

怪我や故障やバッシングに耐えたのも、野球が好きだという気持ちがあったからでしょう。人間的な一面を見せた彼が何だか好きになりました。

私たちも、パンが好きだって気持ちが消えないように、日々、自分を追い込んだり、ときには休んだりしつつ、修行、がんばりましょう。