いわなみ家の話
第37話
「どうぞお引き取りください」
あれから4日経ちました。
新聞掲載の反響は予想以上に大きく、元新聞記者のわたしもびっくりでした。
元同僚のY紙ベテラン記者やカメラマンも紙面を褒めていましたよ。民友記者さん、丁寧な取材をありがとうございました。
事件が起きたのは、まさしく新聞掲載日。
現場は、パン屋縁側付近。
居合わせたのは、お客さん4名。
この日はお客さんが多く、早々に売り切れようとしていましたが、事件発生時に残っていたのはベーグルが1つだけ。
抹茶ベーグルを手に、レジに近づく初老の男性。
客「なんだよ、1つだけか」(ベーグル、レジにポイっと転がる。あたしの分身が。ヒィ。)
私「ええ、すみません、せっかく来ていただいたのに」
客「高ぇな」
私(うっ、今なんて?)(笑顔取り戻し)「290円です~」
客(財布からお金を出しながら)「ところで小麦はドコ産使ってんのかい?」
私「北アメリカ産の小麦を、郡山の業者で製粉したものを主に・・」
客「けっ、外国産じゃダァメだな。てことは、この店は天然酵母ってだけか?」
私(天然酵母ってだけ?エクスキューズミー?)「お気に召さないのであれば無理に買っていただかなくていいんですよ(かろうじてまだ笑顔キープ)」
客「俺はなぁ、長年、JAで小麦をナンタラカンタラ・・。国産小麦じゃないとダァメだー」
私「あらー、そうですか(笑顔、限界)。私も小麦に携わって10年以上です。その中で、国産も外国産も含め、天然酵母に合う小麦粉を選んでやっているわけです(不覚にも涙でてくる)。初めていらしたお客さんにここまで言われなきゃいけないでしょうか?」
ここで、私の目に写ったのは、この異常事態を遠巻きに見守りながら、首を縦にブンブン振っている4名のみなさん。
買うパンがもうないのに、4名のみなさんは帰らない。首を振りつづける。
私はそれを「店主がんばれ」だと察知してこう続けました。
私「今日はこれ(ベーグル)持ってお引き取りください。お代は結構です」
ここのパンが美味しいと言って繰り返し来てくれるお客さんと、製粉したての新鮮な小麦粉を肩に担いで毎週配達してくれる業者さんの顔が浮かびます。
確実にお客さんを1人失いましたが、それよりも、自分のパンと、たくさんのお客さんと業者さんを守りたかったです。
男性客はいつの間にかいなくなっていました。
代わりに、ベーグルが1個、まだレジに転がっていました。
「これ、食べちゃいましょうか。いわくつきですけどね・・」
小さなまな板でベーグルを4等分し、事件後にかけ寄ってきてくれた4名のみなさんにお渡ししました。
「また来るよ。おいしかったよ」
こんな時でもお客さんに助けられました。